こちらはケロクル小説「はじまりの日」のガルクルver.です。
先にケロクルの話をご覧頂いたほうが読み易いかと。
「…クルルを、前線の参謀に?」
ガルルは、突然アポイントを取り付けてやってきたケロロの話に、驚きを隠せなかった。
目の前の軍曹は、彼が起こした事件を知っているのだろうか。
クルルという人間を知らなくとも、上層部に歯向かうような人間を部隊に入れようとするとは。
「…彼が先頃起こした事件で、自室謹慎を言い渡されていることは知っているか?」
「…はい、通達で聞いております」
念の為確認してみたが、肯定の返事。
知っているなら何故、クルルを誘おうとするのかがガルルにはわからなかった。
通信参謀としてなら、上から何十人という候補のリストが上がっていたはずだ。
「では、そんな危険因子である彼を、前線に送り込むと言うのか?」
指揮官と言う立場上、任務が失敗する確率のあるものは決して選ばない。
そう教えられているし、部下の命を預かる身として自然にわかるはずだ。
あくまでも感情を込めないよう注意をして、目の前の軍曹を見つめた。
緊張を露にしているが、その瞳は実にまっすぐなもの。
「…ガルル中尉は、クルル少佐の事をよくご存じだと伺いました。
―彼は、本当に危険因子なのでしょうか?」
そう曇りなく告げられたとき、とっさに何も言えなかった。
もしかしたら、どこかでクルルに会ったのかもしれない。
誰も気付かなかった、彼の心の闇に、気付いたのかもしれない。
そんな気さえして、同時に、彼が変われるきっかけになるかもしれないと思った。
「…ケロロ軍曹」
小さく呟いた言葉には、どこか期待が混ざっていた。
「上層部はクルルのことを快く思っていない為、君の意見は簡単に通るだろう。―だが」
ふ、とガルルの顔に影が落ちる。
他人にはあまり言うべきではないと、口をつぐんできた言葉。
それでも、彼には言わなければならないだろう。
「あの子は関わりを拒絶し続けてきた。…とても繊細で、脆く、壊れやすい心を抱えている」
全てを拒絶するかのように、闇の中に閉じこもり。
ガルル以外と話をしたことなど、数える程しかないだろう。
「危険というよりも、扱いにくい子供だ。…お前は、それでも連れて行くと言うか?」
返事を待つ間が、こんなにも長く感じるとは思わなかった。
目の前に立つ軍曹よりも、自分のほうが緊張しているのかもしれない。
そんな考えに心の中で苦笑して、答えを待った。
「…謹慎中の面会は、可能でしょうか?」
返ってきたのは、実に慎重で明晰な言葉。
一度会ってみれば、お互いの中で答えが出るだろう。
ガルルは一言わかった、と呟いて、午後まで待つよう指示を出した。
謹慎処分中の面会は許されているが、少々手続きに手間がかかる。
それくらいの手間など、惜しいとは思わないが。
午後になり、手続きどおりケロロ軍曹を連れてクルルの自室を訪れた。
謹慎処分中は近寄るなと上から言われていた為、随分久しぶりの来訪になる。
警備の者に許可証を見せ扉を開けると、中は真っ暗だった。
「クルル少佐。私です。入りますよ」
いつものようにカーテンで光を遮断された部屋は、電気の一つもついていない。
中にいるであろう部屋の主の気配すら感じないほど、静寂に満ちていた。
「少佐殿。いるのでしょう?…灯くらいつけないと、体に悪いと以前言ったはずですが」
声をかけながら、寝室へ足を向ける。
後ろで軍曹がきょろきょろと部屋を見回していたが、特に咎める義務もない。
現に今のクルルの部屋には、何もないのだから。
「……明るいのは嫌いだって言ってるだろ…?」
小さく掠れた声がして、嫌な予感がした。
予想通りベッドの中に丸まっているが、明らかに弱弱しい。
「…クルル?その声―」
思わず階級を付けるのも忘れてベッドに近寄る。
「……ひどい熱だ。食事も、摂れない程ですか…?」
額に張り付いた金糸を避けるように触れると、熱さが掌に伝わってきた。
ベッドサイドに置かれた手付かずの食事をちらりと一瞥して、衰弱の原因を知る。
何故食事を運んできた者が、異常に気付いてやれなかったのか。
そのことに対する怒りが沸いて来たが、軍曹の存在を思い出して意識を切り替える。
「―ケロロ軍曹」
「あ、はい!」
寝室の入り口で呆けていた彼に声をかけ、面会を後日にしてもらう旨を告げた。
「はい、構いませんが…その、公式発表まであまり時間がありませんので…」
そう口ごもるのを見て、未だにクルルを誘いたい気持ちに変わりは無いのだと思う。
そのことに、少し安堵して。
「上には理由を話しておこう」
そう約束して、今日は引き取ってもらった。
彼を部屋の外まで見送ると、苛立ちが再び沸いてきた。
あの事件から約半月。
私の元へ一切の報告がなかったのを、いいように捉えていたのが間違いだった。
外に立っていた警備の者を怒鳴りつけてもなお、この怒りはおさまらなかった。
クルルは元々体力のある方ではなく、それでいて食が細いものだから体調を崩しやすい。
そしてそれ以上に、ストレスに弱いのだ。
過度なストレスを感じると、熱を出してしまう。
それを長年彼の相手をしてきた中で気付いていたにも関わらず、様子を見に来てやれなかった。
毎日のように顔を出していた私が全く来なくなった事も、原因の一つだろう。
メディカルセンターの者が点滴を取り付けようとして、クルルの細い腕を見て驚いていた。
不摂生な生活と言えば彼のせいのように聞こえるが、サプリメントや固形食で栄養を摂取し、
睡眠時間を削ってまで研究に没頭する。
そのせいで、同年代の子供に比べれば驚く程体が細い。
「……ガ…ルル…?」
クルルがぼんやりと熱に浮かされたように呟いた。
「―えぇ、私です。…気分はどうですか?」
すっかり癖になった敬語で尋ねると、小さく首を振った。
意識は鮮明なようで、ほっとする。
「……ずっと、来なかったろ…」
掠れた声が、ぽそりと耳に届いた。
その声には非難や咎めの意味はない。
ただ、普段クルルが晒したがらない寂しさという感情が、無意識に込められていた。
「……ガルルに、迷惑かけるつもりはなかった」
少しだけ、申し訳なさそうに伏せられた瞳。
その瞳が何を映しているのかなんて、私には見当もつかない。
いや、私が知る由もない程、複雑な感情が渦巻いているのだろう。
「…俺は、もうアンタの側にはいられない。だから俺なんかに構うな」
すっと射るような紅い瞳が私を見た。
意志が強く宿った瞳。
何かを、訴えるような…。
「……解放、されたかったのですか?」
敢えて主語を抜かして尋ねる自分は、卑怯だ。
きっと「軍から」だと思うが、それを言うのは何だか自惚れのような気がしたから。
クルルは私の真意を読み取ろうとしていたが、やがて小さく
「…ここに、俺の居場所なんかねぇんだよ…」
とだけ言った。
クルルの側にあるもの。
大きな部屋と軍服、大量の電子機器類、最低限のカロリーを摂取する為のサプリメント。
ヒトという存在は、私しかいないだろう。
友達と呼べるような存在はいない。いた例がない。
クルルの世界は、10年前からこの広い暗室だけなのだから。
「…居場所が、欲しいのですか?」
確信を持ったこの問いに、クルルが応えることはなかった。
一つ、溜め息をつく。
力になれないけれど、手の中からすりぬけて行こうとする小さな存在が、それでも尚愛しくて。
「地球進行軍隊長であるケロロ軍曹が、貴方に話があるそうです。体調を治しておいて下さいね」
それだけを言い、熱い額と髪を撫でてから部屋を出た。
少佐の座にいたら、この話は伝えられなかっただろう。
降格が彼に新しい道を与えるとは、なんとも皮肉なことだ。
そう思うと、やり切れない気持ちがいっそう膨れ上がった。

「はじまりの日」のガルクルver.…というか、ワンシーンというか。
ケロロがいない時の二人の会話です。
繋げると無駄に長いし一応向こうはケロロ視点で書いてたので分けました。
うちのクルルさんは精神的に脆くて、でも性格上虚勢を張って隠してるという設定。
夢見すぎですいません。
なんかガルクル書くといつもワンパターンだな…(汗)
見たいと仰って頂けた方、なんだよー!って思われたらスイマセン…。